【緊急注意喚起】郵便局のイメージ洗脳説得にご注意!日本郵便とまらぬ不祥事、「隠蔽」と高市総務相が痛烈批判。(法廷で裁判官に見下され挙句に敗訴させられた理不尽な結果が両親の全否定虐待の再体験と被る)

高市早苗総務相は6日の閣議後会見で、都内の郵便局で大量の切手を横領する事件が発覚して7月に懲戒解雇処分下していたにもかかわらず、日本郵便が12月まで公表してこなかったことについて、「強い言葉で言うと、隠蔽をしてこられたと受け取った」の述べ、日本郵便の情報公開に対する姿勢を強く批判した。

 横領事件をめぐっては、「サンシャイン60内郵便局」に勤務する元課長代理の男性が、昨年8月から今年4月まで「郵便別納」制度の支払いに使われた切手を着服し、527万7千円分を横領。日本郵便は7月19日付で懲戒解雇とした。

 だが、日本郵便がこの横領事件を発表したのは12月4日。総務省への報告があったのも同3日で、高市氏はただちに親会社の日本郵政長門正貢社長に「速やかに公表すべき案件だ」と伝えたが、長門氏はこの案件を知らなかったという。長門氏が日本郵便の横山邦男社長に公表を指示し、ようやく発表に至った。

高市氏は「グループ内でも情報共有されていない。役員会なども風通しの悪い状況だ」と郵政グループの連携体制が機能不全となっていることに懸念を示した。その上で「非常に重たい問題だと考えている」と強調した。

 日本郵便の12月4日の発表が、報道機関へのFAXなどでの連絡だったことにも「7月に起きた事件を今頃公表するのであれば、社長が会見して謝罪や再発防止策を述べるべきだ」とし、同社の対応について「失望している」と切り捨てた。

 日本郵便をめぐっては、神田郵便局と芝郵便局でも料金別納の制度を悪用して計5億4千万円分の着服した事件が昨年起こったが、新聞発表を受けて同社が公表したのは今年10月だった。総務省は10月末に同社に行政処分を行い、同様の事例がないかの実態調査や、再発防止策の検討、情報公開の在り方などについて年内に報告を受ける予定だった。

 日本郵政グループではかんぽ生命保険の不適切販売問題も発覚し、信頼が大きく揺らいでいる。〈

https://news.nifty.com/article/domestic/government/12274-490054/
(@niftyニュースより)


最近、郵便局のかんぽ生命保険より封書が届いた。

「この度は弊社とのご契約等に関しまして、お客様には大変なご心配をおかけしましたことを、心よりおわび申し上げます。…略…、別途ご連絡させていただきますので、今しばらくのご猶予をお願い申し上げます。…略…、引き続きご愛顧いただきますようお願い申し上げます。」

と、書かれてあり、被害金の返金をするとは書いてない。

郵便局が主張する【ご心配】どころでは無くて郵便局側は詐欺したんでしょうが?

ご迷惑ともかかれていないのを見ると、郵便局は一向に反省の色は無くて今後の連絡は我々被害者側のイメージを洗脳説得するつもりか?

被害者の方々はまた郵便局の手練手管にはまってしまわぬように、私も用心しないといけない。

郵便局が仕出かした詐欺は大掛かりなものだったにも拘わらず、逮捕者が一人も出ずに政府や司法に護られている輩の大組織なので、我々被害者側は何度でも簡単に負けてしまうと思う。

安倍連立政権の「桜を見る会」や森計問題も然りで、弱者個々人の人権も権利も踏みにじって、強者の都合で法律も無視出来て自由自在に専制独裁する政府や大企業等だから本当に怖い。

これはもう、昔、ヒトラーが君臨した時代も、日本が戦争を止められなかった時代も、多くの犠牲者を出しても尚、行くところまで行かないと改められなかった頃のようになるのだろうか?


恐ろしいことは、強力な実権を握る立場の強い者達が自分達だけのために悪をひた隠しにして社会の中で悪を実行出来る事態である。

民主主義が実行されていない社会で実権政治を握る強者達が善悪を無視したら誰が正すのか?

弱者は強者の身勝手な都合でされるがままで終わってしまう。

子供の頃に親にずっと言われきた「(超未熟児の)お前なんか生かそうが殺そうが親の勝手!お前を殺したって親の立場で嘘ついてでも裁判で勝ってみせるわ!裁判所も親の味方!」という言葉を、私の弱い立場を平民で、親の立場を安倍連立政権や各省庁やら各大企業、司法等の強者に置き換えて、強者が弱者を利用して虐める構図が同じだと思う。

現に裁判所も金融庁も郵便局の肩を持って、被害者の私を敗訴させた。

法廷で裁判官が私に「アンタは高校は出てるのか?」とバカにしたように質問をしてきた。

裁判にも保険にも計算にも疎いと私は自分を説明しているのに…、

裁判官は私をそうして見下しているなら私が理解力が無いと判っていたはずで、

だから私は保険が解らなくて、

だから保険のプロである局員等からだまされた私なのに、

裁判官は、被害者の私であるを「アンタ高校は出てるのか?」とバカにしながらも敗訴させたのだ。

裁判官のこんな言動と判決は矛盾していると思う!

悔しい。

子供の頃から体験してきたこんな繰り返される弱者虐めの構図なんか何度も見たくない!

しかし、私の両親がそうだったように、社会の中で強者は、私のような弱者虐めを止めない。

それはまるで赤子の手をひねるように残虐。


こんな残虐な破片を飛ばして弱者を傷つけ平気でいる強者達。

人の痛みに無頓着な者達。

表面的に装飾包装された社会が内包する傷の深さをいつまで誤魔化せるのか?

それは、能面のような顔をした元農水省のエリート次官が家庭内暴力をする落ちこぼれの息子の無抵抗な体を怨みでもあるかのように30ヶ所以上も、まるでミンチ肉のように包丁でメッタ刺しにして殺した事件がつい最近あったが、

それは、別の引きこもりの男が通り魔事件を起こしたタイミングを見計らってかのように、あの元事務次官はその通り魔事件の直後に自分の息子を殺した。まるでその通り魔事件に触発された思いつきの計画的犯行のように見えた。
傍観者の私達が引用し易いように通り魔事件から早いタイミングで「引きこもりの息子が通り魔事件を起こさないように犯罪防止のために殺したのです」と言いたげに。
だからこの息子は無抵抗状態で殺されて、この父親がもみ合いになったと主張しているが防御創も無く怪我の報道も無く無傷だったのでは?

殺された息子は前の晩に「お父さんは東大出で何でも自由に出来ていいよね。僕の人生は何だったんだ?」とうつ伏して泣いたらしい。
何が問題なのか何が悲しいのかちゃんとこの息子は父親に訴えていた。
父親の地位と名誉がこの息子には重過ぎたのだと思う。
ありのままで存在して尊重される多様性のある社会の在り方こそが大切なのだと、お前が悪いのではなく、人間に条件をつけて人間を受け入れない社会側に問題があるのだとこの父親がこの息子に早い段階からポツポツと素朴な言葉で教えていたら、この息子は料理を作ることが楽しくて料理人になったり、花を育てることが嬉しくて花屋になったり、違う道が見えていたかもしれない。


敢えてここでも言うが、家庭内暴力の壮絶さは私にも経験がある。
私の場合は両親が、とりわけ【虚栄心が強い】母親が私に家庭内暴力を止めなかったのだ。(しかし父親も無謀放蕩呑む打つ買うのヤクザのような男で、どっかの重役級だったが家庭を顧みず自分だけブランド物を身にまといクソベンツに乗って家族に暴力を振るう男社会の典型のような奴だった)

私が子供の頃から大人になっても両親が連日連夜激しい夫婦喧嘩で家の中がグチャグチャになるほどに暴れて私が間に入って収めていた。要するに機能不全家庭。

母親が再三包丁を持ち出しては私を「殺す!死ね!」と叫んで暴れる人だったから、家庭内暴力の恐怖は身を持って知っている。
母親から何度も包丁で殺されそうになった。


親から自立しても、電話で弟から呼び出されて「お母ちゃんが苛ついてるから帰って来てやって!」と頼まれ、渋々実家に帰ると弟は別室に籠もり、私はヒステリーを起こした母親から激しい暴言暴力を受けて、母親の心のゴミ箱にされていた。(私が子供の頃からずっと母親はそうだった。癇癪が済んだら「お前は私を許してくれる!母親の私を許してくれる!母親の私を許せんのか?許せー!」と再び暴れたりしていた。)

弟から「実家に帰って来い」と言われても帰らないでいると今度は姑を使って再三呼び出された。
せっかく新しい母親が出来たと喜んだが姑も性格がキツく虚栄心も強くて、私が実家で虐待されているのを知っていたらしく、姑が私の実家に再三再四の足蹴く通ったらしく出入りして私の母親の話を聞いては私に「実家に帰れ!親を見捨てるとは親不孝者!」と叱責されていた。

また、母親と弟が私の家にやって来て「お前が死んだらお前のカネは私等の物だ!通帳と印鑑はどこにあるのだ?言え!」と家捜しされたこともある。私が抵抗すると母親に手首を掴まれて「親兄弟にカネをやるのが惜しいのか?お前は冷たい人間だ!」と恫喝されて、その間も弟がせっせと捜していた。


暴君の父親には「体を売ってでもカネを稼げ!」だの「こんな奴は生ゴミでも喰わせておけ!」だの言われて、足で顔を踏まれたり拳骨を口の中に押し込まれたり体を殴られたりした。


私にしてみれば「親というのは親の権力を振りかざす身勝手極まりない存在でしかない(大人という強者の立場の身勝手極まりない者達)。」という認識しか無くて、私の両親のように強者の立場で私を奴隷のように使い走って幼児虐待を内密にしておきながら私を厄介がって「お前が出て行けば食い扶持が減る!出て行け!」と追い出されたのに、再三引き戻され私が大人になっても私を離さない両親が、あの元農水省事務次官と被ってしまい、親に不意打ちで殺され包丁で体をミンチ肉にされたと知り、それも世間では親のシナリオ通り同情されて親だからとどこまで自由に人を騙せるのかと混乱して見てしまう。

私の両親も私にずっと「自分達で産んだ子!親が生かそうが殺そうが親の勝手だ!」と言われていた。
弟と差をつけて育てられ、弟には何でも買い与え、私は玩具もお菓子も買い与えられず使用人のようにこき使われて、寝る時に両足首を括られて寝たりされて、寝ていてもいきなり殴られたりした。

家を出た私を母親は、再三実家に呼び出しては鬱憤晴らしに暴言暴力をした挙句に玄関まで追いやり私を追い出す直前に、これみよがしに甘い声で弟の名前を呼びご飯を食べさせていた。

私はその場面を見て、弟の溺愛された状態と自分の空腹感のあのコントラストの激しさと帰り際のボロボロの気持ちの惨めさが凍りついた離人症の感覚に繋がっていく。威圧感のある萎縮したような冷たい感覚にいたたまれなくなる。
両親からの虐待が激しくて無意識に自殺未遂をしたことがある。
追い詰められて辛過ぎると人間は無意識に自殺してしまう。


だから例の元農水省事務次官の娘さんが自殺された理由も親が主張していることで、娘さんも息子も死んでいるから真実が主張出来ない。
一方的に高級国民の両親の主張を世間も裁判所も鵜呑みにして、やはり強者の主張が通るのだと思った。

裁判所のヘンテコ判決のもう一つの例として最近、新幹線内での無差別殺傷事件の判決が無期懲役刑だったことについても、生きている人にとっては唯一の命と唯一の人生なのだから殺人が一人であっても人を殺めたことには人数は関係ないと思うのだが、
しかもこの犯人の男が最初っから無期懲役刑を望んでの計画的犯行であるのに、
犯人のその望み通り額面通りの無期懲役の判決を出したなんて驚愕だった。
一つ一つの案件を丁寧に考えれない裁判所は裁判なんかする能力があるのか?と思う。

この新幹線殺傷事件の犯人には一時的にも死刑の恐怖と向き合わせ命の尊厳とは何かを深く考えさせなければ何の為の刑に服すのかわからない!
被害者が平民であろうと自分達の子供であろうと一人であろうと複数であろうと、唯一の命には代わりがない!

交通事故を起こした高齢高級国民の元国家公務員だってその立場のおかげか逮捕されずで、被害者側(奥さんと幼女)の旦那さんが必死で主張しているから世間から理解されているが、もし一家もろともひき逃げされていて犯人の官僚のお爺さんがもっと同情集めに口が巧かったら加害者の立場が更に良くなっていたはずではないかと危惧する。
官僚の爺さんは犯人とも呼ばれていないというマスコミからの忖度が働いていた。

人を立場で判断されては強者側の意見が通ってしまい、陰で弱者がいつも泣き寝入りになってしまう。

行政の息がかかる郵便局という大企業優遇で私を敗訴にした判決も、上記の事件の判決も裁判所という機関を見直したほうがいいんじゃないのかと思う。
私の場合、控訴するには判決結果通知が夜6時過ぎに来たし体力的にも環境的(家族の看病と介護)にも余裕がなかった。
それもルール通りに押し切られた。

そういえば裁判員制度をひっくり返す裁判官の異例のやり方が煽り運転訴訟で最近あったはず?

強者の思い通りになってるのは安倍自民党連立政権のせい?
いや、昔っからだよな…。

とにかく私のような立場の無い弱者の意見が掬われるようになって欲しいと思う。


弱者の嫌われ者の痛みを持つ私としてはそう願う。